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いつぞやは

お知らせ

『いつぞやは』
是枝裕和×加藤拓也 対談
【パンフレット未収録トークWEB特別公開!】

2023-09-14

『いつぞやは』公演パンフレット(500円)に収録している、読み応えたっぷりのクリエイター対談。

なのですが、さらに本編では収録できなかった未公開トーク部分を、公演特設サイトにて特別公開!

パンフレット掲載の本編とあわせて、二人の刺激的な対話をたっぷりとお楽しみください。

 

 


 

物語に影響するもの

 

加藤:映画を海外で紹介するとか、海外のスタッフと共同作業をする時には翻訳がつきものですが、様々な言語の持つ性格についてどういう風に考えればいいんだろうと思います。映画って媒体自体がある種のリアリズムを前提とした媒体だと僕は考えています。もちろんそうではない映画もありますが、主に映画と聞いて想像するものはその前提があるように思います。演劇は例えばセットと設定の場所が一致もしなくていいし、表現そのものと台本が一致することを必須条件とはしていない。俳優の所属が必ずしも登場人物と一致していなくてよくて、16歳が60歳やってもいいし、80歳が20歳をやってもいいし5歳をやってもいい、性別も全く関係がない。所属の抽象度によってテーマの解像度を上げる作用ってのは、ある種演劇ならではのものなのかなと思ったり。映画の中で、そこに机があったとして、それを買い物かごとして扱って成立させるには、できないこともないかもしれないですが、演劇以上に必要な条件が多すぎます。だからやっぱり言語の持つ性格は、物語への影響度が高い。翻訳された時にその言語の持つ性格が大きく変わってしまい、性格ありきで書いていた言葉たちが変化することに僕はまだ扱い慣れていない。だから、映画での台詞に途方に暮れています。

 

是枝:わかります。すごいこと考えてるなぁ。なんでそこに今、ぶち当たったの?

 

加藤:いやなんか、僕こないだ映画2作目(『ほつれる』)を撮らせてもらって9月に公開するんですけど……

 

是枝:(門脇)麦さんだっけ?

 

加藤:はい。藤原(季節)と木竜麻生ちゃんとやった1作目(『わたし達はおとな』)は演劇のニュアンス、撮り方も台詞の使い方も全体のトーンとかも地続きの感覚を大事にしていて、地続きでありながら映画でしかできないことを織り交ぜていったつもりなんですが、2作目では、例えば台詞の持ってる時間を演劇よりも長くしたり、語り方を変えているのですが、これまたピタッとくる感覚がまだ見つかってないんですよね。それはもちろんカメラマンとの相性とかもあると思うんですけど。

 

是枝:『わたし達〜』のラストシーンは、最初少し家の中の家具を舐めながらカメラを置いて、次に2人で長いやり取りがあるじゃない? で、1人出ていって残って料理を始めて、食べ始めるところで終わってるけど、あの時のカメラの置き方っていうのは自分で決めてる?

 

加藤:あれはカメラマンと相談の上で決めました。実はカメラマンもあれが初めての映画なんですよ。僕とはドラマ、短編、ミュージックビデオを何本か撮ったことはあるんですが、普段は広告のほうが多い人なんです。僕の肌感覚だと広告やってる人は登場人物の中に入ったアングルを切っていくというよりはどっちかっていうと、画として決まるかどうかが優先順位高いんだなみたいなことはやってて思ってます。そうそれで最近、是枝さんの映画というとカメラはやっぱり近藤(龍人)さんの印象なんですけど、どんなふうにカメラマンにアプローチしてるんですか?

 

是枝:近藤さんとの共同作業の最初は『万引き家族』で、そのときはコンテ書いたのね。一応こんなこと考えてます、って渡したんだけど、リハで僕がカット1のポジションに立ってお芝居を見始めると、近藤さんは全然別のところから見てて。え?と思って近藤さんのとこ行くと、大体「あっ、こっちの方が正しいな」ってポジションで近藤さんは見てる。それが何度か続いて、マスターを決める作業に関してはこの人に任せたほうがいいなと思ったから、そこから僕は近藤さんが行ったところをカット1、マスターにしてる。完全に信頼してます。ポイントになるシーンだけイメージぐらいは伝えるけれども、コンテは基本書かなくなっちゃった。新作の『怪物』も、コンテを書いてるシーンもあるけれど、レンズをどうするとかコミュニケーションはそんなにとってない。僕は役者のお芝居に専任して。どこからどう撮って組み立てるかっていうのは、基本そんなにズレないですね。

 

 


 

アンテナの感度

 

加藤:フランスで撮られたときはクルーも全員フランス?

 

是枝:フランス人。

 

加藤:フランスチームとの違いってありましたか? 僕も9月に公開する映画はCNC(国立映画映像センター)から助成いただいて少しだけ、フランスからもスタッフに混ざってもらったんですね。そんなにガッツリやれてるわけじゃないから、たくさんの感想が出てきたわけではないんですけど、言語の解像度が物語の解像度にも影響している部分があったりなかったりしたのも面白かった。音や編集に関することのアンテナの感度もいいなと思いました。なにか違いってありましたか?

 

是枝:アンテナの感度……。技術者に関して言うと、優れているカメラマンは、僕にとって日本もフランスも韓国も一緒で。僕が5カットでやりたいって言ったところを「ここは2カットでできるよ」って言ってくるのが良いカメラマン。それは近藤さんも、フランスで組んだカメラマン、エリック・ゴーティエもそう。「ここ移動車使うと2カットでいける」って言う。それに基本どのカメラマンも、お芝居見てからじゃないと絶対決めないから。フランスの場合は芝居見た後に、動線にラインを引いてカメラが動くことだけ決めて、後はもうすぐ本番!って感じなの。準備が早いっていうのかな。決して日本の技術が劣ってるわけではないんだけど、フランスのチームは距離を測らない。光当てて数値出したらそれで行っちゃう。で、フォーカスにNG出たのは、全編通して1回だけだね。韓国も撮影でのNGは基本なかったので。撮影人数が多いということもありますけど。時間が短くてすぐ準備が出来ちゃうのは、フランスも韓国も同じです。日本は非常にそのへんは職人で、人数も韓国の半分ぐらいだから。でも基本、技術職というのは変わらない気がした。言葉は通じないけども、意思の疎通は図面書いて「ああ、わかった」って。途中からほんとにストレスなくできましたね。

 

加藤:フランスの映画撮影はどれくらいの期間で?

 

是枝:フランスは週休2日で、1日8時間。それで2ヶ月だったかな。

 

加藤:なるほど。でも、いい環境ですね。

 

是枝:いい環境でしょ。韓国も、週50時間マックスで、撮影45日。期間は75日だから2ヶ月半。2日撮ったら1日休んでる感じ。

 

加藤:いいですね。

 

是枝:そもそも、加藤さんってイタリアに留学してるんでしょ?

 

加藤:留学じゃなくてミュージックビデオを初めて撮らないか?って誘われたときに行ったのがイタリアです。ロンドン在住アーティストのミュージックビデオだったんですけど。だから実際は留学ってわけではないんですけど。結構イタリアはのんびりしてて、スタッフがお酒飲んでたり、まあそれは大きい映画とかじゃないから、そういうことがあってもまあ許され…てるわけではないと思うんですけど、まあ僕はそこが始まりだったんで、のんびりやりたいみたいな気持ちはありますね。

 

是枝:そうね。なかなかそれは日本じゃ許されないからね。すごく基本的な質問だけど、加藤さんの世代はどういう演劇を見て演劇をやろうと思ったのかな?

 

加藤:始めた頃から日本の作品と海外の作品と両方見れる機会が多くて、演劇とそれ以外のいろんな文化のミックスの中で育っていると思います。自分が書くってなったときに、自分が喋りやすい言葉から抽出したっていうのがあるんですけど。

 

 


 

ビジネスとしての映画産業

 

加藤:映画の制作費の未来ってやっぱり落ちていく一方なんですかね?

 

是枝:そうですね、これを上げていくには発想を変えないといけなくて、今の製作委員会方式みたいな、権利を主張しながら損しない形で集まった人たちがお金を出し合うと、上限が見えてしまう。その形を変えていくことは、国内マーケットだけではなくて、海外のマーケットも含めた制作費も考えられる仕組みやプロデューサーの登場、あといくつかポイントはあるんですけど、今のままいくとたぶん実写の邦画は縮小していくだけで。制作費1500万で、2週間で撮影して単館公開でなんとか回収できるような作り方か、チェーンの300館公開で制作費よりも宣伝費のほうが高いような人気コミックなどの実写化か、二極化していく気がする。それはなんとかしなくちゃいけないなと思ってるんだけど。

 

加藤:これは善悪の話ではないのですが、広告上手な人が勝つみたいな映画業界のイメージを勝手ながら持ってて、それは中身よりもほんと広告がいかに上手かで動員数が伸びて、今度は動員数で中身の評価も決まっている印象があります。広告の強い作品は、配信向けのコンセプトが強い作品ばかりになっていて、コンセプトは強いけど、コンセプトを変えるだけであとは全部同じテンプレートで嵌めたような作品ばっかりになってしまった印象があります。すごくコンセプトが面白いものができたら、あとは全部もう作り方一緒じゃない?というような。韓国映画も作家性のある若い人が出てきにくくなっているんじゃないかと。

 

是枝:僕ももちろん1本作っただけで全部は語れないけども、韓国の映像業界全体の流れとしては、優秀な作り手がみんな配信に流れていってて、1本長編撮って「この子才能あるな」と思ったら、すぐ引き抜かれて10億規模の配信ドラマのチーフになるって状況なんですよ。要するにインディペンデント映画の畑が、配信ドラマの青田買いの対象になってる。その人たちがなかなか映画に戻ってこない状況が、1つ大きな流れとしてはある。コロナを挟んで韓国映画がすごく落ち込んでしまったので、観客が戻らなくなってるのね。それは、韓国の配信ドラマが世界的に人気があって面白いと言われているから、みんなそっちを見てしまっていて、劇場に観客が戻ってこなくなってるんです。それこそエンターテイメントのものにしか劇場に来なくなってる状況は確かにあって。今も韓国の人たちとドラマの開発とかをしてるけども、向こうでは脚本に関しては集団創作が前提なので、いろんな人の目でチェックが入っていい面と、同時に個性がなくなってる部分もあるんだろうと。イ・チャンドンやポン・ジュノ、パク・チャヌク、ナ・ホンジンぐらいまでかな、40代までの非常に強烈な作家性のある作り手が出てきたけども、それに比例する人がそれ以降出てきていないのは、多分その弊害もあるだろうなとは思います。ただ、圧倒的にかけられる予算が日本の比ではないので。ビジネス的にも最初から国際マーケットを意識して作っているから、それもいい面と悪い面とあるんだよね、きっと。題材も含めて、「韓国のエンタメが求められてるものはこういうものだ」っていうところに、みんながワーッと流れてるって状況ではあると思う。

 

加藤:なるほど。

 

是枝:それはもう20年前に、韓国が国策として「海外で勝負できるコンテンツを作る」という旗振り役がいて、大量にお金が注ぎ込まれたことで実現してるものでもあるから。映画をビジネスにしている韓国に、今、日本の映像の産業とか作り手が太刀打ちできないのは確かなんですよね。

 

加藤:ビジネスとして考えたら外資が入ってくるので当然潤う、国策としては。

 

是枝:日本は映像業界の中だけでお金を回してる状況なので、ある程度の予算からは超えていかない。その仕組みを変える、業界の中だけのお金でやるんじゃない、っていう発想は持たざるを得ないよね。じゃないとジリ貧になっていくだろうから。でも、まだ日本のほうが「当たらなかったけど良い映画だったね」って評価はあるんだけど、韓国は当たらないともうダメなの。「当たったものが良いものだ」って価値観にほぼなってる。日本以上にミニシアターがないので。しかも投資対象になっていてお金をよそから集めてきてるから、制作費はふんだんにあるけど、そのぶんシビア。クランクインの前に決定稿があって、ストーリーボードが全部あって、それを審査する人たちがいて、その審査に通ると出資者が集まるっていう。

 

加藤:なるほど。

 

是枝:日本はまだ、映画作りって良くも悪くも趣味の部分があるから、決定稿がなかろうが詰められてなかろうが、スタートして撮っちゃうみたいな状況がまだ許されてるけど、韓国はもうほぼそれがない。日本はある種の文化祭のノリみたいなものが「やりがい搾取」にも繋がってるし、職業になっていかなくて離職する人も増えちゃってるという負の側面と、それでもまだ自由かも…って側面と、両方あるんだよね。それをどうしていくかを考えないと。

 


 

空間のリアリズム

 

加藤:ちょっとだけ話が戻っちゃうんですけど、ロケーション選びについては、どんなふうに考えてますか?

 

是枝:場所?

 

加藤:はい。

 

是枝:基準があるかなぁ……。今は、「この空間は人をこう動かしたら面白い」「ここだったらこう動ける」っていうことでしか選んでないかな。人の動線をまず考える。もちろん、好きな場所とそうでもない場所ってあるでしょ?

 

加藤:はい。

 

是枝:ファインダー覗いたときに、「ここだったらシャッター切るな、ここは切らないな」ってところが誰にでもあると思うんだけど、その好き嫌いとは別に、人をどう動かすかだなぁ、今は。それは、黒沢清さんていう、僕の大好きな先輩がいるんだけど、黒沢さんに「ロケ場所ってどうやって決めてますか」って同じことを聞いたことがあって。なぜならあの人はリアリズムが全然関係ないから。例えばとんでもないとこに一枚布を垂らして、「精神病院です」とか。ありえないようなところで「はい、刑務所の面会室です」とか。いやいや、どう考えても面会室じゃないよって(笑)リアリズムで考えたら思うんだけど、黒沢さんに聞いたら、「そんなの誰も見たことないですから。いいんですよそう思えば」って。そこにどう人を置いて動かしたら面白いかってことしか考えない。リアルかどうかなんてどうでもいいんですよね。なるほど〜!と。僕はやっぱりそこまでは思えないんですよ。「あの人がここに住むには家賃はいくらだから、収入はどれくらいか」とか、全部そこから積み上げないと納得ができないタイプなんです。ロケ場所を見に行ったときに、必ず制作部に「ここ家賃いくら? 何平米? マンションだったら築何年?」って聞く。よっぽどのことがなければそこは超えない。よっぽどの時は、親が金持ちって設定にしよう、とか。それを積み重ねた上で、どう動かすかっていう発想です。

それは衣装も同じで。衣装は黒澤和子さんと組むことが多かったんだけど、黒澤さんがまず僕に聞くのは「この家族は収入はいくら?」と。だとすると洋服にいくらかけられるのか。この地域に住んでるなら、行くのは西友なのか西松屋なのか、子供服はどこで買うのか、ってところから積み上げる。実際に西松屋にみんなで行って、買ったものをベースにして考えるとかね。とても面白いの。もちろん、似合う似合わない、好きな色、形はあるんだけど、絶対その価格帯からは離れない。なるほど、こういう衣装の考え方があるんだなと思って。今は結構そういうのが好きかな。

 

加藤:そうなんですね。

 

是枝:空間もなるべくそういうことをやります。でもね、日本の家はほんと狭いから。人間が座ってると、カメラが動いたことがすごく気になっちゃうんだよね。で、柱が多いから、レンズで撮ると縦の線がどうしても歪むじゃない? 歪んだまま動くとすごく気になるから、必然的に動かなくなる。横には動かない。だから空間がカメラワークとか人の動線を決めていくのが、とても不自由でもあるんだけども、最近はそれはそれとして面白がろうかなと思ってる。逆にフランスで撮ったときに家が大きすぎて、どう動かしたらいいのか困っちゃった。移動車にカメラを乗せて家の中を好きに動けちゃうので。カットを割らなくて済んじゃう。だから最初は不安だった。割るつもりだったのに割らずにいけちゃうことの、むしろ制約みたいなものもあって。僕は2本目なんてまだ全然そんな事は考えられずにいましたけど。やっぱりロケ場所選びって悩むよね。それが多分、演劇と一番違うとこかもしれないね。演劇はだって、居酒屋!って言えばさ、なんにもなくても居酒屋だもんね。映画だと居酒屋!ってわけにはいかない。

 

加藤:部屋中であることの面白さみたいなものも、どこに見出すのかというのは考えないといけない。うん。時間ですよね? はい。

 

(※本記事、写真の無断転載を禁じます)


 

【是枝裕和×加藤拓也 対談本編】は公演パンフレットにてお楽しみください!

『いつぞやは』公演パンフレット(500円)
 劇場ロビーにて販売中!




 *作・演出:加藤拓也 ご挨拶
 *出演者6名インタビュー
 *特別寄稿(串田和美/訓覇圭/横川良明)
 *是枝裕和✖加藤拓也 対談
 *稽古風景写真
 *プランナープロフィール+スタッフリスト

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