本名はRonald Horwitz。作家・劇作家・映画脚本家。1934年、南アフリカ共和国ケープタウンで、ユダヤ系の両親のもと に生まれる。51年に、英国ロンドンに渡り演劇界での仕事を目指すが、その際、現在のHarwood姓に改名。RADA(英国王立演劇学校)で学んだ後、当時の代表的な 「俳優兼劇団経営者」であったサー・ドナルド・ウォルフィット率いる「シェイクスピア・カンパニー」に参加。53年から58年まで、「サー・ウォルフィットのドレッサー」として働く。60年から作家としてのキャリアをスタート。61年に最初の小説を出版し、62 年に、後に「ドレッサー」を演じる英国俳優トム・コートニー主演映画『Private Potter』の脚本を手がけ、以後、精力的に戯曲、小説、映画脚本などを執筆。日本でも公開された映画作品には、本作『ドレッサー』の他、『小さな目撃者』(71年公開。 日本で爆発的人気があったマーク・レスターの主演映画)、A・ソルジェニーツィン原作『イワン・デニーソヴィッチの一日』、 ロマン・ポランスキー監督作品『The Pianist 戦場のピアニスト』(2002年アカデミー賞脚色賞受賞)、同監督『オリバー・ツ イスト』、S・モーム原作の『劇場』を戯曲化した『華麗なる恋の舞台で Being Julia』、ガルシア=マルケス原作『コレラの時代 の愛』、J・シュナーベル監督『潜水服は蝶の夢を見る』(07年アカデミー賞脚色賞ノミネート)、そして、99年発表の戯曲を ダスティン・ホフマンが初監督作品として映画化した『カルテット』の脚本などがある。戯曲では、82年発表『ライオンのあと で』(女優サラ・ベルナールを描いたもの)、85年発表『あるポーランド神父の死』、89年発表『アナザー・タイム』、95年発 表『テイキング・サイズ』(指揮者フルトベングラーの"非ナチ化裁判"が題材)、2008年発表『コラボレーション』(作曲家リヒ ャルト・シュトラウスとドイツ人作家シュテファン・ツヴァイクのオペラ創作の共同作業を描く)など、日本でも数多く上演されて いるが、何と言っても、人気が高いのは、本作『ドレッサーThe Dresser』 である。

〜The Dresser ドレッサー 舞台、そして、映画〜

 この作品は、80年3月に、サー=フレディ・ジョーンズ、ノーマン=トム・コートニーという配役で、マンチェスター・ロイヤル・エクスチェンジ劇場で初演後、同年4月、ロンドンに移り、クイーンズ・シアターで開幕。80年のローレンス・オリビエ賞作品賞にノミネートされ、約2年近くのロングラン上演を記録した。その後、81年11月より82年5月まで、米国ブロードウェイ・ ブルックス・アトキンソン劇場で上演され、82年トニー賞作品賞、男優賞(ノーマン役のトム・コートニー)のノミネートを受けた。しかし、この戯曲の人気を決定づけたのは、83年のピーター・イエーツ監督による映画化である。ハーウッド自身が手がけた脚本は、第56回アカデミー賞脚色賞にノミネート。作品自体も、作品賞、監督賞はもちろん、主演男優賞では、サー役アルバート・フィニー、ノーマン役トム・コートニーが2人揃ってノミネーションを受けるなど、圧倒的な評価を受けた。
 日本での主な上演は、81年1月に日生劇場において、サー:三津田健、ノーマン:平幹二朗、座長夫人:栗原小巻、 マッジ:淀かほる、アイリーン:市毛良枝という顔ぶれで初演。その後、88年に、サー:三國連太郎、ノーマン:加藤健一、座長夫人:渡辺えり子(当時)、89年に、サー:三國連太郎、ノーマン:柄本明、座長夫人:三田和代で上演。また、近いところでは、2005年に、初演でノーマン役だった平幹二朗がサーを演じ、ノーマンに西村雅彦、座長夫人:松田美由紀、マッジ:久世星佳で上演。久世星佳は、10年の渡辺哲(サー)、小宮孝泰(ノーマン)上演版では座長夫人を演じている。
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